野村ともあき非公式ブログ|前堺市議会議員

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第49回衆議院総選挙と比例代表を巡る一連の動きに関する思い

10月18日、衆院選の公示が明日に迫る中、大阪の政治関係者が密やかに結果を見つめていたひとつの重大な「政局」があった。衆議院議員比例代表選挙近畿ブロックの自由民主党の名簿当選順位である。

 

その名簿が確定し、渦中の人「柳本あきら」さんは「単独2位」となったようだ。
過去の例から見て、まず間違いなく落選することはない順位である。健闘をお祈りしたい。

 

これまでの経緯をご存じない方にごく簡単にご説明すると、「柳本あきら」さんは、自公のいわゆるバーター選挙区である大阪第3小選挙区(※正しい名称ではないがご容赦願いたい)に、「自民党離党も辞さず」の構えで立候補する動きを見せたことから、公明党の猛烈な反発と抵抗を招き、自民党本部を巻き込むほどの大騒動を巻き起こした。実際に伝え聞くところでは、総裁・幹事長レベルの案件だったようである。結局、10月8日に予定されていた出馬会見の当日になって「待った」がかかり、これまでの間、様々な噂と憶測が流れる中、本日比例上位で処遇する代わりに「矛」を収めることで落ち着いたようである。

 

「柳本あきら」さんと私は、境遇に色々と共通する部分がある。
議員としてのキャリアはあきらさんの方がだいぶ先輩だが、年齢(学年)は同じ。
堺市は後発政令市ではあるが、同じ政令市の議員として課題認識や問題意識を共有しつつ、大都市問題など様々な面で指導、助言をいただきながら、互いに切磋琢磨をしてきた。
自民党大阪府連ではともに青年局長という要職を預かり、新旧の青年局長として党の活動に汗を流した。

 

一生忘れることができないのはあきらさんの二度の大阪市長への挑戦である。特に二度目の市長選では、内定していた参議院候補予定者の肩書をかなぐり捨てて、市民のための戦いに身を投じる姿に心を打たれた。

 

人の運命とは数奇なもので、その2か月後、私自身が全く想定していなかった堺市長選挙に立候補することになるのだが、その時の私の「決断」は疑いようもなく先のあきらさんの行動に衝き動かされたものであった。

 

他人がなんと言おうと、私とあきらさんの「無謀な立候補」は利己的な動機からではなく、「市民のために戦わなければいけなかった」から挑んだ戦いであった。その思いは共有できていると、少なくとも私は信じている。

そしてそれは(自らは敗れはしたが)二度の大阪市廃止住民投票の否決に、少なくない影響を及ぼしたであろうということも自負している。

 

「だからこそ」

昨年の二度目の住民投票で生じた『政治の理不尽さ』を誰よりも強く感じていたのは、私と「柳本あきら」だと言って良いと思う。

 

時が経てば話せることもあると思うが、この一連の「政局」の中で目まぐるしい動きがあった。

まさに驚天動地の連続であった。

 

今後、日本や大阪の政局がどのように動いていくかはわからない。

しかし、今回の流れが長期的に見て良い方向に進むことを私は期待している。

 

もちろん、まずは目の前の衆議院選挙の結果である。

いよいよ明日から選挙戦がスタートする。

非力な立場ではあるが、自分のやれることにベストを尽くしていきたいと思う。