保守派のための「反カジノ論」(その2)夢洲の地勢が抱えるリスク
※本記事は「おおさか調査委員会」に寄稿した記事の一部に加筆修正し新たに編集したものです。
カジノ・IRの用地である夢洲は廃棄物や建設残土の処分場として埋め立てられてきた人工島である。人工島はその地勢上、避けられない深刻なリスクを二つの面から抱えている。一つは「地盤の脆弱性」、もう一つはそれに起因する「災害リスク」である。
夢洲の地盤は大きく三層に分けられる。人工的な埋立層と、その下にある海底を形成している沖積層、さらにその地下の洪積層である。
人工の埋立層は廃棄物や焼却灰、浚渫(しゅんせつ)土砂で埋め立てたもので、震災時に液状化の危険性が極めて高い。大阪府の「南海トラフ地震対策 震度分布・液状化の可能性 詳細図(2017)」によると、夢洲のほとんどの場所で液状化の危険度を示すPL値が20~25以上となっており、液状化の危険が「極めて高い」と指摘されている。
液状化が起きると、道路が使用できなくなるばかりか、建造物が沈んだり傾いたりし、水道管などの地下埋設物が寸断されるなどの被害が生じる。
南海トラフ巨大地震等で夢洲が被災すると、ほとんどのライフラインは断たれ、避難も救助もできなくなることが容易に予想できる。
大阪市は、万博およびカジノ・IRを誘致する以前までは「夢洲に液状化の危険はない」と大阪府の調査と正反対の主張を行っていたが、IR事業者が決定し契約交渉を行う段階で突如、液状化の可能性を認め、土壌汚染の対策費とあわせ788億円もの公金を支出することが決定した。
しかしこの788億円はIR事業者側の独自の積算に基づく金額で、今後実際に土地の改良にいくらかかるのかは不透明である。しかもIR建設区域のみの額であり、夢洲の他の区域でも同様の対策を行うためには、現時点で1580億円もの費用が必要と試算されている。が、おそらくこの程度の金額では収まらないと思われる。
当初の目論見より費用が膨れ上がった公共開発事業の例としては関西空港、東京ディズニーランド、豊洲市場、辺野古基地など枚挙に暇がないからだ。
夢洲と同じ人工島であった関西空港でも当初の想定を大幅に上回る建設費が投入された。その最も大きな要因が沖積層を中心とした「大阪湾の極めて軟弱な地盤」であった。
軟弱地盤の改良にはサンドドレーン(SD)、およびサンドコンパクション(SPC)という工法が用いられる。これは地盤に砂杭を打つことで地盤層の排水を図る工法である。関西空港では約100万本のサンドドレーンが20メートル以上の深さまで打設されたということである。
それでも関西空港は10年で10メートル以上沈下した。軟弱な粘土層の上に埋土や巨大建築物を設けるとその重みで地盤が圧密沈下する。10メートルという沈下は大阪湾の地盤がいかに軟弱であるかを如実に示していると言えるだろう。
当初から大規模な建造物を建設することを想定して埋め立てが行われた関空島ですらこの状況である。建設当初の目的が全く異なる廃棄物処分場として埋め立てられてきた夢洲に巨大な建築物を造ることがいかに不適格であるかは説明するまでもない。
大阪市は夢洲の沈下を「50年で150cm」と想定しているが、この想定の範囲内に収まるかどうかも予測不能である。
その他の土地に関しても軒並み建設費は膨張している。東京ディズニーランドは当初650億円が1800億円に、豊洲市場は990億円から2752億円、辺野古基地は3500億円から9300億円(現在も工事中)へと膨れ上がっている。それほど埋立地の建設には想定外の支出が伴うということだ。
夢洲開発で大阪市が負担することとなっている788億円の土壌対策費も間違いなく増額されるだろう。しかもこの788億円という金額は、業者側の提示による根拠が希薄なものである。現状、夢洲の土壌調査は済んでいない。今後どのような汚染や地盤の問題、災害リスクが判明するかは未知数である。
しかも、「業者側の提示額」であるにも関わらず、いったん契約されると、額の変更が可能となっているのである。一応「合理的な範囲内において」という但し書きはあるが、合理的がどの程度なのかは判断がつかない。
通常の公共事業であれば、まず行政側が積算を行い金額を決定した上で入札を通じて価格の適正化を図る。ところが今回は、事業者が言ってきた額を債務負担行為(事前に借金をして建て替える)で支出し、後から業者が都合に応じて価格を変更することが可能という、あり得ない契約内容となっているのである。
そもそも地盤改良や土壌汚染対策は利用する事業者側が負担するのが普通である。東京ディズニーランドでも事業者負担で地盤改良が行われた。
788億円という巨額の公金支出がこのような形で決定されて良いわけがない。議会は絶対にこんな予算を認めてはいけない。なんのために議会があるのか。
さらに「液状化」「地盤沈下」「軟弱地盤」はそのまま「災害リスク」として跳ね返ってくる。
液状化や圧密による地盤沈下は、津波、高潮、浸水対策にも直接影響する。
大阪市は、万博・IRの会場敷地が津波水位より高いため危険はないとしている。しかし、先に述べたように関西空港は10メートル以上地盤沈下し、阪神淡路大震災で神戸市のポートアイランドは液状化によって2メートル以上沈下した。東北大震災では想定を超える津波が押し寄せ防潮堤が倒壊した。2018年9月の台風21号では過去最大の高潮により咲洲で浸水被害が生じた。
2020年、大阪市は被害想定を見直し、夢洲の護岸を1~2メートルかさ上げする決定をしたが、この程度の対策で夢洲の災害リスクが払拭されるかは疑問であると言わざるを得ない。
また軟弱地盤は地震の「揺れ」に対しても非常に脆弱である。東日本大震災では震源から770km離れた咲洲庁舎(WTC)が長周期地震動による共振現象を起こし約10分間に渡って大きく揺れた。これを軽減するためには建物に制振補強をすることが必要となるが、これも様々な建設コストに跳ね返ってくることになるだろう。WTCでは東北大震災後の補強工事に10億円以上が費やされている。
以上、夢洲という土地が、物理的にも、防災の観点からも、いかに脆弱で危険であるかを見てきた。言わずもがな、災害リスクの高さは事業のリスクにも直結する。
沖合の孤島である夢洲はアクセスも非常に悪く、夢洲への陸上ルートは夢舞大橋と夢咲トンネルだけである。それぞれ舞洲と咲洲からのアクセスになるので、本州から渡るためには橋かトンネルを2回経由しなければならず、移動距離も非常に長い。
平時にIR・カジノへ行くためにも極めて不便であるし、発災時に避難することも、救助に向かうことも非常に困難である。
以上、夢洲という人工島にはらむ地勢的なリスクを見てきた。はっきりと申し上げて、こんな場所に年間2000万人を集める施設を建設するのは「狂気の沙汰」である。