野村ともあき非公式ブログ|前堺市議会議員

野村ともあきの非公式ブログです。前堺市議会議員

幻の政策公約

衆議院総選挙に臨み、某陣営の公約立案を担当させていただいたが、諸般の事情により、お蔵入りとなってしまった。

「諸般の事情」そのものについてはすでに別の段階に移っているので、特別な思いはない。しかしその準備期間、結構長期に渡って積み上げてきた政策だったので、この公約で選挙戦を戦えなかったのは正直忸怩たる思いがする。

往生際が悪いとは思うが、私の活動の備忘録、兼、証しとしてここにこっそり(でもないが)公開しておきたい。

もちろんこの公約は私一人で考えたものではなく、候補者の思いがまずあって、それを最大限に尊重したし、また多くの方々の知見と協働作業に助けていただいている。著作権があるわけではないと思うが、このままではただ捨て去られるだけのものなので、今後の活動の糧にでもなればという思いで公開しておく。

なお今回、テキストではなく画像にして公開したのはわざとである。黒塗り、モザイクは公開できない事情があるからである。

後出しじゃんけんで申し訳ないが、この公約はどの既存政党の公約よりも早く発表する用意ができていた。

今見比べると、多くの政党のそれと、自民党の公約ですら、重なる項目が多く、時代は確実に「リベラル」へ向かっているのを実感する。リベラルという単語を使うとまた特定方面のあらぬ誤解を招きそうではあるが、現状、私はこの政策方針に対して「リベラル」に代わる言葉を持ちあわせていないので表現のしようがない。

回顧するには少し早いが、政策の立案は本当に楽しい作業だった。財源や制度設計も割としっかりと考えて作成できたと思う。

少し落ち着いたら、もっと議論を深めながら、別の成果物として必ず世に問いたい。

 

選挙中ゆえに多忙を極めており、文章の推敲をする時間がありませんでした。

なぐり書きのようなエントリになってしまって申し訳ありません。

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第49回衆議院総選挙と比例代表を巡る一連の動きに関する思い

10月18日、衆院選の公示が明日に迫る中、大阪の政治関係者が密やかに結果を見つめていたひとつの重大な「政局」があった。衆議院議員比例代表選挙近畿ブロックの自由民主党の名簿当選順位である。

 

その名簿が確定し、渦中の人「柳本あきら」さんは「単独2位」となったようだ。
過去の例から見て、まず間違いなく落選することはない順位である。健闘をお祈りしたい。

 

これまでの経緯をご存じない方にごく簡単にご説明すると、「柳本あきら」さんは、自公のいわゆるバーター選挙区である大阪第3小選挙区(※正しい名称ではないがご容赦願いたい)に、「自民党離党も辞さず」の構えで立候補する動きを見せたことから、公明党の猛烈な反発と抵抗を招き、自民党本部を巻き込むほどの大騒動を巻き起こした。実際に伝え聞くところでは、総裁・幹事長レベルの案件だったようである。結局、10月8日に予定されていた出馬会見の当日になって「待った」がかかり、これまでの間、様々な噂と憶測が流れる中、本日比例上位で処遇する代わりに「矛」を収めることで落ち着いたようである。

 

「柳本あきら」さんと私は、境遇に色々と共通する部分がある。
議員としてのキャリアはあきらさんの方がだいぶ先輩だが、年齢(学年)は同じ。
堺市は後発政令市ではあるが、同じ政令市の議員として課題認識や問題意識を共有しつつ、大都市問題など様々な面で指導、助言をいただきながら、互いに切磋琢磨をしてきた。
自民党大阪府連ではともに青年局長という要職を預かり、新旧の青年局長として党の活動に汗を流した。

 

一生忘れることができないのはあきらさんの二度の大阪市長への挑戦である。特に二度目の市長選では、内定していた参議院候補予定者の肩書をかなぐり捨てて、市民のための戦いに身を投じる姿に心を打たれた。

 

人の運命とは数奇なもので、その2か月後、私自身が全く想定していなかった堺市長選挙に立候補することになるのだが、その時の私の「決断」は疑いようもなく先のあきらさんの行動に衝き動かされたものであった。

 

他人がなんと言おうと、私とあきらさんの「無謀な立候補」は利己的な動機からではなく、「市民のために戦わなければいけなかった」から挑んだ戦いであった。その思いは共有できていると、少なくとも私は信じている。

そしてそれは(自らは敗れはしたが)二度の大阪市廃止住民投票の否決に、少なくない影響を及ぼしたであろうということも自負している。

 

「だからこそ」

昨年の二度目の住民投票で生じた『政治の理不尽さ』を誰よりも強く感じていたのは、私と「柳本あきら」だと言って良いと思う。

 

時が経てば話せることもあると思うが、この一連の「政局」の中で目まぐるしい動きがあった。

まさに驚天動地の連続であった。

 

今後、日本や大阪の政局がどのように動いていくかはわからない。

しかし、今回の流れが長期的に見て良い方向に進むことを私は期待している。

 

もちろん、まずは目の前の衆議院選挙の結果である。

いよいよ明日から選挙戦がスタートする。

非力な立場ではあるが、自分のやれることにベストを尽くしていきたいと思う。

自民党総裁選を大きく左右する「派閥」とは何か、自民党派閥の源流

自民党の総裁選が白熱しています。

事実上、日本の総理大臣が選ばれることになる選挙ですので、自民党員以外の国民にとっても大きな関心事として捉えられているようです。

当初は河野太郎氏がリードしているとの報道もありましたが、ここに来て情勢が大きく変わったと伝えられています。

実際、今回の総裁選は異例の展開で結果が全く予想できません。その最大の要因となっているのが、国会議員票が固まっていないことです。

今回、異例の事態を招いているのは、自民党内に7ないし8ある「派閥」のほとんどが支持する候補を決めていません。現在は水面下で票の奪い合いが熾烈を極めているとのことで、結果は投票箱の蓋を開けるまでわからないでしょう。

 

さて、自民党総裁選を大きく左右する派閥とはどのようなものでしょうか。

 

派閥とは、表面的には政策や考え方が一致する者同士のグループということになりますが、実際は資金集めやポストを獲得するための力の源泉となる装置です。その力学が最も大きく影響するのが総裁選における票=派閥の人数で、長らく日本の政権にある自民党にとって、その党の歴史はまさに派閥によるパワーゲームの歴史でした。

 

自民党派閥の源流は、自民党が結党された1955年にまでさかのぼります。
まだ戦前戦中の影響が色濃く残るこの時期、日本自由党日本民主党という二つの保守政党の合同により自由民主党は結成されました。しかしこの日本自由党日本民主党は、考え方や政治姿勢において大きく異なる政党だったのです。

日本自由党を率いたのは吉田茂、現在の麻生太郎副総理の母方の祖父にあたる人物です。一方の日本民主党で中心的な役割を担ったのは岸信介、こちらは安倍晋三前首相の母方の祖父にあたります。自由、民主それぞれの政党の政治的志向性は、吉田と岸という二人の政治家の思想信条に深く根ざしたものでした。

 

それを知るために二人の生い立ちを簡単に紐解きましょう。

 

吉田茂は貿易商家の生まれで幼少より英米の文化に触れて育ったと言います。官僚となってからも親英米の考えに寄り、対米開戦に突き進む軍部と対立したりしていました。そしてそれが遠因となって戦時中に軍部によって逮捕されます。しかしそのことが戦後、進駐した米軍から信任を得る結果となり、戦後政府の首相を務めるにまで至りました。
吉田は、戦後の荒廃した日本で国民生活の建て直しを第一に掲げました。軍備や物資を米軍に頼ることで迅速な復興を成し遂げ、その後の奇跡的な日本の経済成長を実現します。経済優先、欧米協調、国内重視という戦後日本の大きな方向性は吉田茂によって定められたと言えます。

 

岸信介は、長州の時代から日本の政治に大きな影響を与えてきた山口県田布施町という町で生まれ育ちました。若い頃より群を抜く秀才で東京帝大を卒業後、農商務省の官僚となります。官僚としても頭角を表し、戦前の満州国に赴任し、経済政策の事実上の最高責任者として辣腕を振るいました。その実績が評価され、帰国後、官僚として東条英機内閣の商工大臣に任命されます。しかし閣僚として開戦の詔勅に署名したことが原因で、終戦後、A級戦犯被疑者として投獄されました。処刑寸前のところで釈放された岸は、公職追放解除後に政界に挑み、初当選からわずか4年で首相にまで上り詰めます。

帝国政府の閣僚だった岸は反米の意識が強く、憲法や安全保障条約についても米国からの押し付けであると捉えていました。その後の岸自身が押し進めた安保改定や改憲の動きは、結党された自由民主党にも受け継がれ、経済、軍備、国民思想にまで至る「自主自立の実現」は自民党の大きな精神的支柱となりました。

ところで岸は、若い頃に北一輝の「国家社会主義思想」に大きな影響を受けており、経済政策的には社会主義的な計画経済を理想としていました。実際に満州国においても計画経済による運営に成功していましたし、最初の選挙では社会党右派からの立候補を模索していたと言います。この点においても自由経済を旨とする吉田の対極にある政治家でした。

 

このように、生まれも経歴も思想的にも政策的にも対象的な二人の政治家のイデオロギーが合わさることによって自民党は生まれました。そしてこの二つの大きな流れは、今でも自民党内に隠然として存在しています。

本稿に先行する研究には様々なものがありますが、吉田の系譜は「保守本流」「豊かさ路線」、岸の系譜は「自民党本流」「自立路線」などと呼ばれているようです。

 

さて、これらを簡単に示したのが次の図です。

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これを見ればわかるように、2000年まではかなり多くの時代で吉田茂の系譜が政権を担ってきました。民主党の流れに連なる派閥でも、石橋、三木、河野一郎は、岸とは民主党合流の経緯も政治的スタンスもかなり異なります。

しかし、2000年以降は麻生政権を除いてずっと岸派の影響を受けた総裁が政権を担っています。そして別稿で述べたように、小選挙区制のせいで対立派閥が存在感を発揮できない状況が続いているのです。

 

いかがでしょうか。戦後の日本の政治の流れと符合するところが感じられませんか?

 

お断りしておきますが、この二つの方向性はどちらが良い悪いというものではありませんし、排他的に二者択一を迫るものでもありません。当然のことながらすべての政治家がこの二つにきれいに分類できるわけもありません。

ただ、これまで二大政党のように絶妙なバランスを取りながら日本の政治を担ってきた自民党の派閥組織が行き詰まりを見せていることは事実であり、改革が求められます。総裁選がきっかけとなり党内の改革が進むことを、いち国民として期待します。

 

以上をお示しした上で、最後に今回の総裁選挙の候補者のプロフィールを簡単に説明しておきます。

自民党の派閥にはこのような大きなバックボーンがあるということを知っていただければ、各候補者の政策や主張も見え方が変わるのではないでしょうか。

 

  • 河野太郎氏は、河野洋平自民党総裁の子息で、父は民主党による2009年の政権交代時の谷垣総裁までは「総理になれなかった唯一の自民党総裁」と言われた不遇の政治家でした。父が領袖を務めた大勇会を前身とする志公会(しこうかい・麻生派)に所属していますが、麻生派は派閥として河野氏を支持せず自主投票としています。石破派が支持を表明しています。
    自身はワクチン担当の行革大臣として国民のワクチン接種事業で一定の成果を上げました。
  • 岸田文雄氏は、宏池会(こうちかい・岸田派)の会長です。宏池会日本自由党の流れをくむ「保守本流」の歴史ある名門派閥です。総裁選所見においても「新自由主義の否定」を明確に打ち出すなど、これまでの政治からの路線変更を掲げています。小渕内閣まで総裁を多く輩出し続け、日本の高度成長期の政権を担いました。自身の派閥による支持のほか、細田派の一部も支持を表明しています。
  • 高市早苗氏は、無派閥ですが、安倍晋三前首相(清和政策研究会細田派)が支持を表明しています。岸信介アイデンティティにまでさかのぼる自主独立、反共姿勢、改憲、経済の拡大成長主義などの方針を強く打ち出し、強硬な保守層からの支持を集めています。
    清和研は森内閣以降、小泉、安倍、福田総裁を輩出し、2000年代以降の日本の政治を中心的に担ってきました。その路線を継承すると思われます。
  • 野田聖子氏は、無派閥です。社会的多様性の尊重と、女性や子ども、弱者のための政策を前面に掲げているのが特徴です。他派閥からの明確な支持の表明はありませんが、他の候補者にはない姿勢を示すことで広い支持を訴えています。

 

参考文献:
吉田茂岸信介」安井浩一郎・NHKスペシャル取材班著 岩波書店
自民党本流と保守本流田中秀征著 講談社
「政界名門一族の査定表」八幡和郎著 宝島社
自民党派閥興亡史」土屋繁著 花伝社
自民党 「一強」の実像」中北浩爾著 中公新書

私はなぜ「日本のための新たな道しるべ」を構想するに至ったか

noteの方に公開した「なぜ私たちは政治に「もやもや」するのか」はおかげさまで多くの反響をいただきました。

note.com

中には「これを待ってた!」という賛同のお声もいただき感謝感激しております。

やはり多くの方が今の政治にしっくり来ない感覚をお持ちだと強く感じました。

 

あの主張を構成する各課題認識は特段新しいものではなく、ネット論壇を中心に以前から議論されてきたものですが、思想論、財政学、経済政策、経済学などなど切り口が様々で議論が交錯しているので、どうにかして問題を一本化して発信できないかと考えたのがきっかけでした。

 

手元の原稿用メモを見ると一番最初に直接的な着想を得たのは2019年で、私が市長選挙に落ちた直後に行われた参議院選挙でれいわ新撰組が躍進していた頃でした。ただ、山本太郎氏がれいわ新選組を立ち上げる前から政策的には「レフト3.0」運動などが盛り上がっているのを、松尾匡氏の著作などで知りました。左派の運動ではありましたが内容的には非常に納得のいくもので共感しておりました。

 

同時に私は、非常に過激な「反共保守」(要するにネトウヨや反中嫌韓のヘイト系右翼)の言動にアレルギーがあったので、「保守」の定義に思案していた時期でもありました。
また大阪で大きな支持を得ている維新が保守政党でないことも、一度わかりやすく書いておく必要があると考えておりました。(やはり今回も「維新が左って○○かこいつは」というお叱りの声を頂戴しています。伝えきれずに申し訳ございません)

 

もっと言えば、そのような考えに至る源流には、小泉構造改革への疑問や民主党政権交代と瓦解、大阪で繰り広げられた橋下や小池の首長ポピュリズム、安倍菅政権における政治腐敗などの影響もあったと思います。これらの日本の政治への反動から一時期「保守の再定義」ブームのようなものもあり、中野剛志氏や適菜収氏、宇野重規氏の著作からは少なくない影響を受けましたし、今でも各著作を読み直しながら思考を修正しています。

 

そんな中、色々と調べてる中で出会った田中秀征氏の「自民党本流と保守本流」という著作からは大きな感銘を受けました。戦後の政治の流れをその政治中枢の内側から克明に描くとともに、自民党がいかにして新自由主義に傾倒していったかが極めて明快に著されています。そして自民党が元の二つのグループに分かれることでしか保守の再生はできないと述べられています。
すでに自民党を離党した身であった私でしたが、今後の道筋が見えたような気がいたしました。まさしく「道しるべ」です。

 

活動の方向性が見えたところで政策の立案が必要でした。そこで上記の時期と前後して目にしたのが、論壇誌表現者クライテリオン」の2019年5月号『令和への建白書』でした。
主筆藤井聡先生にはコロナに関して毀誉褒貶ありますが、この号の提言は間違いなく出色の内容でした。
見る人が見れば気づくと思いますし別に隠すつもりはないので言うと、「政策大綱7つの道しるべ」は思想的にも政策的にもこの提言から大きな影響を受けていますし、引用もさせていただいております。

 

そうして約2年近く加筆し推敲を重ねた内容が、この度公開させていただいた設立趣旨と政策大綱です。

公開後、真っ先にいただいた感想は「野村くん、長いよ」というものでした。二本あわせて1万字くらいあるので仕方がありませんが、これでも多分3分の1くらいに削っていますのでもうこれ以上短くするのは無理です笑

今後は図解や動画なども活用しながら、わかりやすく「日本のための新たな道しるべ」へのご賛同を広めていきたいと考えています。

引き続きのご支援、またご意見等たまわりますようお願い申し上げます。

 

……という感じで、前のエントリに書いたとおり、こちらのはてなブログの方では少し肩の力を抜いた感じのエッセイやゆるいネタを中心に綴って行きたいと考えております。
カチっとした文章はnoteの方に書きます。
よろしくお願いします。

Hatena Blog の今後の投稿について

堺市議会議員の野村ともあきです。いつもはてなブログをお読みいただきありがとうございます。

本当にネタのある時しか投稿しなくて申し訳ありません。

さて、これまである程度まとまった分量の情報発信についてはHatena Blog(はてなブログ)とnoteを併用してきましたが、同じ記事を両方にアップ(場合によってはSNSにもそのまま転載)するのは、色々な面で課題があると感じていたので、運用方法を整理し、政治的な主張や政策、公式の発表などについてはnoteに、こちらはてなブログには個人的な思いや考え、noteで公開した内容の関連情報などを投稿するようにしたいと思います。

ただ、どちらが正副であるという扱いはありませんし、厳格に線引きをする感じでもありませんが、強いて言えば、noteはフォーマル、はてブはややカジュアルな投稿になると思います。

あわせてこちらのブログのタイトルを「野村ともあき非公式ブログ|前堺市議会議員」に変更したいと思います。

 今後とも変わらぬご支持ご支援をよろしくお願い申し上げます。

 

……というわけで、業務連絡だけというのも何なので、次回予定している投稿について少しご紹介しておきます。

noteの方で「日本のための新たな道しるべ」という政治団体の立ち上げをお知らせしましたが、その構想に至った裏話的なお話を書きたいと思っています。

「お楽しみに!」というほど大層なものにはならないと思いますが。

「大阪市廃止・特別区設置 住民投票」を終えて

11月1日に行われた大阪市の廃止と特別区の設置を問う住民投票は、反対多数で否決されました。開票結果は、賛成67万5829票、反対69万2996票。17,167票差という前回同様の僅差でした。大阪市は存続し、従来どおり府と政令指定都市という枠組みで自治行政が行われることになります。

この間、大阪市廃止の反対運動にお力をいただきました方々に、まずは心より感謝と敬意を表します。本当にお疲れ様でした。

維新の政治手法との対峙

3週間に渡った住民投票運動を振り返ると、体力面よりも精神的にきついものがありました。

賛成派は『今は無いものを目指して、再挑戦が可能』という意識の中で戦っていたと思いますが、反対派は『今ある物を失う、やり直しのきかない一発勝負』という大きな不安や恐怖心に常にさいなまされていました。
例えて言うなら、「住んでいる家を改築しようとする」のと、「財産を奪おうとする人たちから家を守り、失敗すれば家を失う」みたいな違いです。その心理的プレッシャーは比較になりません。

さらに、「自らの背信と欺瞞によって生じる不都合を、相手に責任を転嫁したり一方的なレッテルを貼ったりすることで市民を扇動し、隠蔽すること」(私の過去のブログより引用)は、もはや維新の政治闘争における常套戦術となっていますが、今回も反対派の主張やメディアの報道が徹底的に排撃を受けました。
維新は他者の意見を攻撃すればするほど、自らの欺瞞や虚偽や虚構がうやむやになり支持が上がることをよく知っています。
高い発信力を誇るポピュリストが好んで使う、SNS時代以前にはなかったニューノーマルな扇動の手法です。

これは戦略的に意図してやっているので、話し合いで解決することは不可能で、対抗策は丁寧に「ファクトチェック」するしかありません。

ただ、二度の住民投票の否決を経験したことで、その戦術の限界というか及ぶ効果の範囲のようなものが見えたのは唯一の救いでした。
今後は、いかに精神的な徒労を乗り越えながら、この「民主主義の陥穽」を埋めていけるかが維新政治と対峙するカギとなるでしょう。

このことは住民投票にとどまらない、人類にとっての課題だと感じます。

反対運動の戦略展開について

維新の会は、極めて戦略的に政治闘争に取り組んでいます。政局、組織、広報、運動、戦力どれをとっても他の勢力とは雲泥の差があります。
ですから今回の住民投票に向けては、極めて計画的かつ戦略的に準備をする必要がありました。

住民投票への備えを始めたのはかれこれ1年以上前にさかのぼります。私の手元にある、具体的な住民投票対策を記した一番古い資料のタイムスタンプは昨年2019年の8月でした。第25回参議院選挙が終わった直後くらいです。

2019年夏と言えば、統一地方選、知事市長ダブル選、堺市長選、参議院選挙と、各級選挙で維新が歴史的な圧勝を続けていたさなかで、私は住民投票の実施に強い危機感を持っていました。
そんな中、堺市長選挙で落選していた私に、住民投票対策の準備会のようなものを有志で立ち上げるので手伝って欲しいとお声がけがあり、参加しました。

最初期に行った世論調査の結果は20ポイント弱の差で「賛成多数」。割と絶望的な数字からのスタートでした。
しかし、最終結果は僅差になるであろうことはわかっておりましたし、そもそも実施前に「反対多数」では住民投票自体が実施されません。ボールは維新の側が持っているのです。
「賛成多数」からスタートし、住民投票実施が決定してから追い上げ、ゴールで差し切るという非常に厳しい戦略しか選択のしようがありませんでした。

準備期間中は、コロナの影響や、公明党の変節、自民党賛成派の出現、吉村人気の急上昇など、様々な予期せぬ出来事がありましたが、調査分析、理念、政策、戦略戦術、組織体制などを一つずつ練り上げていきました。

詳細は明かせませんが、それらの中には成果のあったもの、効果のなかったもの、できなかったこと、色々あります。
ここでは、自戒の念を込めて「できなかったこと」を書き留めておきたいと思います。

「対案」に対する考え方

反対運動に取り組む中で、やはり今回も「対案を出せ」という指摘やご意見を数多くいただきました。自民党は「反対」ばかりという声も何度も聞きました。

我々は「対案」を考えていなかったわけではなく、「都構想にはデメリットしかないのでやらずに、政令指定都市としての権限や財源を活かした都市経営をするべき」と主張していたわけですが、具体的な政策となると「中小企業支援や、公教育の再生や、区役所の権限強化」などを挙げるしかありませんでした。しかしこれでは、「大阪をぶっ壊す」「大阪を都にする」のような(ウソもちりばめられた)強烈なインパクトに対抗できなかったのは事実です。

そんな中、今回の住民投票で「特別自治市構想」が注目されました。
特別自治市とは政令指定都市の権限をさらに高める仕組みで、いわば都構想の逆バージョンです。
特別自治市そのものはかなり以前からある考え方で、特に横浜市が熱心に研究を続けています。私も議員時代、横浜市に視察に行き、堺市で制度的に可能かを検討したことがあります。
また、今回の住民投票で大都市制度について関心が高まる中、神戸市や福岡市も関心を示しているという報道がありました。

私は、政策協議の中で都構想の対案としてこの特別自治市を提案しましたが、制度的に法的な裏付けがあるものではないこと、府(議会議員)との調整が必要なことなどを理由に、あまり積極的に採用されることはありませんでした。「そもそも都構想に対案をぶつける必要なない」という意見も根強くありました。
結果、反対派の主張が「批判と否定一辺倒」となったことは認めます。

ただ、対案を出すことが正しかったのかどうかには迷いがあります。曲がりなりにも協定書まで完成している「いわゆる都構想」に対し、未熟な政策で議論を挑むことは、「大阪市廃止そのものの賛否が問われている住民投票」においては、軸がずれるからです。
住民投票は「A案」と「B案」を選ぶものではなく、「A案ひとつ」に対して○か×かを示すものだからです。

ただし、住民投票の結果を受けて多くのメディアや識者が指摘されているように、「いわゆる都構想」に否決という民意が示された今こそ、新たな大都市制度について議論を始めることが求められています。
それは大阪で首長を任されている維新にも、国政与党である自民党にも言えることです。
もちろん「特別自治市」も重要な選択肢になるでしょう。
今後、建設的な議論が大阪から広がることを期待します。

失われた10年」の先へ。

最後に、この住民投票に何かしらの「意義」を見出すとすれば、それは「大阪が、大都市制度の議論について、国内で最も先進的な地域となったこと」です。

我々は、類を見ない規模で行われた「都市を廃止分割する」という壮大な議論の経験を、得難い奇貨として今後の政治、行政に活かしていかなければなりません。

10年にもおよぶ不毛な論争を続けた結果、大阪の経済成長や教育政策は停滞し。都市(まち)は疲弊しました。コロナの影響で、来年はさらに深刻な状況となるでしょう。維新による失われた10年を取り戻すのは容易ではありません。

私も引き続き、何かの一助となれるよう微力を尽くしてまいる所存です。

ありがとうございました。

 

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創価学会員の皆さまへ

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大阪市廃止・特別区設置住民投票の投開票日まであと3日となりました。

 

改めてお伝えするまでもありませんが、私は大阪市の廃止に「反対」です。
それは政局や立場から「反対」しているのではなく、本心から、大阪都構想は必ず市民を不幸にすると考えているからです。

 

大阪都構想には巨額のコストがかかります。コストが生じれば何かの予算を削らなければなりません。もしその予算削減が、コロナで苦しむ中小企業への支援や、生活困窮者のセーフティネットや、子どもの虐待防止や、防災減災への取り組みに及ぶようなことがあれば、大げさでなく、市民の生命(いのち)や、財産や、なにより「生活」が脅かされるのです。

 

大阪市廃止は政局や支持政党によって判断するような政治課題ではありません。私たちの日々の生活、くらしに関わる極めて重大な問題です。一人ひとりが、自身の生活に置き換えて真剣に考える必要があります。

 

私は、公明党の代議士先生の選挙区で、友党である自民党所属の市議会議員として活動してきました。地元の学会員さんは、私が10年以上、自公政権の要であるこの地元選出の代議士先生を、お支えしてきたことをご存じていただいているはずです。
また、昨年亡くなった父親は自治会の役をしておりましたので、そんなご縁もあって、地元の学会員さんには長年、公私にわたり大変にお世話になって来ました。私は、創価学会の皆さんが、明るく献身的に地域のことに取り組んでおられるのを、敬意をもって見続けてきました。私は、皆さんが平和で穏やかな生活を最も大切にしておられるのを知っています。

 

政治と行政の役割は、住民の生活を平穏に保つことだと思います。派手なにぎやかさのようなものはなくとも、安全で快適な住環境や、質の高い生活インフラ、豊かな教育環境などが備わった町を創ることが、政治と行政の使命だと考えます。
しかし、果たして今の大阪の政治はその役割を担えているでしょうか。

 

大阪都構想」は、私たち住民の生活を守れないばかりか、平穏なくらしを壊そうとするものに他なりません。
住民に遠いところで政治を行い、弱者を切り捨て、公共を壊し、経済的豊かさをカジノに託す。
これが私たちの望んだ大阪の町づくりだとは思えません。


維新の会とともに大阪の政治を担う方向に舵を切った公明党は、国政における自公連立のように、政策をより良い方向へ修正する役割を担うものと思っておりました。
しかし、強力な援護を得た維新の会は逆に暴走し、住民投票の制度設計やコロナ対策で住民不在の政治を推し進めています。

 

私は、都構想の制度設計に対して公明党が示した4条件が、都構想を現実的な制度にすることを期待しました。しかし実際の設計作業で、維新の会が性急に工程を進めたため、精緻さを欠いたものになってしまいました。
気になるのは、それを取り繕うために虚言や詭弁を重ね、事実を糊塗し、あからさまに有権者をだましにかかっている維新の姿勢に公明党が加担させられていることです。

 

公明党の議員さんは、大阪市は消滅すること、都にはならないこと、2度と元には戻せないこと、特別区自治体として最低ランクであること、大都市制度としては政令指定都市がベストであること、住民サービスが確実に下がること、ぼう大な初期コストがかかること、ランニングコストは年200億円が不足すること、市民の税金が府にむしり取られること、経済効果1.1兆円などあり得ないこと、財政見通しにコロナの影響が含まれていないこと、裁量的経費が1/3に激減し到底住民サービスが維持できないこと、24区役所を残すというのが完全な詭弁であること、庁舎の建て替えなしにはまともに業務が行えないこと、住所表記の変更は自己負担であること、市民利用施設の大幅な削減が予定されていること、水道事業の先行きが極めて不透明なこと、市民が築き上げた水道施設がすべて府に取り上げられること、市民の公園も府に移管されること、保育所に入りにくくなること、義務教育の教員の質が下がる懸念があること、教育の機会均等を維持するのが困難なこと、災害対応にも大きなリスクがあること、特別区間の格差が深刻なこと、異常な規模の一部事務組合によって生活行政がまともに担えない懸念があること、都構想と万博開催の同時進行が不可能に近いこと、カジノ(IR)事業がとん挫しかかっていること、維新の10年間で大阪はほとんど成長していないこと、いまコロナ禍で住民投票を行う必要は全くないこと……などについて、学会員の方々の前で堂々と、論理的かつ公明正大に説明ができるのでしょうか。

 

誠実で実直であるべき「生活の党」が、市民の小さな声に背を向け、どんどんかけ離れた方向へ引きずられていってることを心の底から憂慮します。

 

創価学会員の皆さまへ。

 

どうか今回の住民投票では、私たちのくらしのために、大阪のために、そして公明党のためにも、「反対」を投じてください。
大阪市の廃止が回避されれば、また一から再スタートできます。

 

未来に希望を託して、勇気を振り絞って記します。拝